【フロー】2006.1.30
今、幼稚園の裏山で雪遊びが盛んに行われています。特に年長さん達は外遊びに夢中になっています。裏山は雑木林なのでそこらじゅうに木が立っているし、いきなりドスンと落ち込んだ地形になっていたりとそれなりに危険なところもあります。しかし子ども達は瞬時に判断して、わざと転んだり、手や足で方向を変えて、器用にそれらの危険を避けていきます。雪と一体化してソリやチューブに熱中している子ども達は理屈ではなく体で判断して、より上手く、より長く、より楽しく滑る方法を自ら探し出していきます。そんな雪遊びに熱中している子ども達を見ていると少しずつ難易度を上げて挑戦していく姿を見ることができます。
先日も山の斜面にハシゴを斜めに立て、そこに板を乗せたジャンプ台を作ったところ、日ごろ威勢の良い子がとても慎重に低いところから飛び始めました。いきなり無謀なことはしないのです。そして序々に高いところから飛べるようになっていきました。それぞれが自分の能力と勇気の範囲を少し超えたところ、怖いけど出来そうだ、勇気を出してやってみると面白いという適度な目標を設定して「ちょっとした冒険」にチャレンジしているのです。そして飽きることなく何回も何回も繰り返し挑戦していきます。
みなさん「フロー理論」という言葉をお聴きになったことはあるでしょうか。これはシカゴ大学の教授だったチクセントミハイという人が構築した理論で「行為そのものの中に喜びが存在する」という考え方です。
例えば、絵の制作が順調に進んでいる時の画家は空腹や疲労、その他の不快感を無視して制作に没頭しますが、いったん作品が完成してしまうとその制作活動についての興味を急速に失ってしまいます。このような内発的に動機付けられた活動、つまりはその活動の最終的な作品、またはその活動から生じる外発的な利益とは全く無縁の、それをすること自体が報酬となる自己目的的な活動に没頭している状態を「フロー」といいます。
つまり時間を忘れ、自分を忘れ、寒さを忘れるほど熱中して遊んでいるあの裏山の子ども達も「フロー」の状態と呼ぶことができるのです。
そこで興味深いのは、この「フロー」を充分に味わった子どもほど、自分に対する自尊感情や自分の心を統制する力がそうでない子どもよりも高い水準にあることです。従って幼児期に何かに熱中し没頭する遊びを充分に体験することが、その後の人生を外からの報酬や評価ではなく、自分の内面から湧き出てくる欲求に従って生きる主体的な人生の基礎を造るばかりでなく、自分自身に対する自信や人と関わる力の源をも育てているということなのです。
自然の中で仲間と共に「遊びそのものの中にある喜び」や「自分の内側から湧き出てくる喜び」を充分に味わう、そんな「フロー」体験を子ども達と共にこれからも存分に味わっていきたいと思います。
参考:「フロー理論の展開」今村浩明・浅川希洋志編 世界思想社
「楽しみの社会学」M.チクセントミハイ著 新思想社 「運命の法則」天外伺朗著 飛鳥新社