今から9年前、その当時の在園児のお宅から2羽のニワトリをいただいたところから幼稚園での動物達との共同生活が始まりました。それまで園で動物と暮らした経験が無かったので、子ども達と一緒に小屋作りから始め、様々な試行錯誤の中で進めてきました。
その中でもヤギを飼いたいと私が言いだした時には、当時のめばえ会会長さんから強く反対されました。ウサギやニワトリと違い四足の動物というのは糞尿処理やその匂いなど様々な問題があるからやめておけと言われたのです。それでもあきらめきれず永年幼稚園でヤギと生活を共にしている横浜の安部幼稚園に教職員全員で研修に行ったり、その他の施設もいくつか見学させていただいた結果、やはりヤギを飼おうということになり、小屋作りを始めました。
すると一番反対していた会長さんが一番一生懸命に小屋作りを手伝ってくださいました。今思い返すと会長さんが強く反対されたのはそれだけ真剣に幼稚園のことを考えてくれた証であり、あの時の反対を押し切って踏み切ったからこそ、これまでの貴重な体験を積み重ねることができたのだと思います。
ヤギの名前はメイちゃん。そのメイちゃんがやってきて数ヶ月がたったある朝、バスの送迎から戻ると小屋の周りに子ども達が集まり、中を心配そうに見つめていました。何事かと思い行ってみるとメイちゃんが赤ちゃんを産むまさにその時だったのです。
苦しそうな声をあげて鳴き声をあげるメイちゃんを励ましながら見つめている子ども達の真剣なまなざし。そして、いよいよ赤ちゃんが産道を通過して姿を表すと一斉に拍手が沸きました。小さな小屋ですのでかわるがわるですが、命の産まれる瞬間をみんなで体験できたのです。
産まれたばかりの赤ちゃんヤギの体をお母さんになったメイちゃんが優しくなめます。するとぬるぬるしていた体から粘膜が取れて、ふさふさとした毛が見えてきます。やがて、自分の力で必死に立ち上がり、お母さんの乳房を捜し出します。何回も何回も挑戦してやっとお母さんの乳を飲むことができました。初めてお母さんの母乳を飲む仕草のなんと愛らしいこと。それと同時に、産まれ出た命が自らの力で生きようとする強さを見る思いがしました。
赤ちゃんヤギはマイちゃんと名づけられその後すくすくと成長しましたが、メイちゃんがある朝突然、お腹にガスが溜まり亡くなると、まもなくマイちゃんも後を追うようにして亡くなってしまいした。誕生の喜びが大きかっただけに、死という別れは大きな衝撃でした。しかし「生と死」その両方がもたらす感情の起伏は私たちに“生きている”ことを深く実感させるものでした。
愛するものの死はとてもつらいけど、その別れをしっかりと受け止めることで、今自分自身が生きていることの重さを感じて欲しいと思います。そのためには子ども達を見守る私たち大人が、その死の重さにつぶされそうになりながらも、そこから目をそらさずにいることが、大切なのではないかと思います。だからこそ身近に生き物のいる生活をこの幼稚園の中に存続させることに意味を感じています。産まれる喜びと別れのつらさ、そのどちらも大切だと思うのです。
その後、長井のレインボープランを立ち上げた農家の菅野芳秀さんと知り合い、彼の自然養鶏を見せていただき、是非、幼稚園でも新鮮で安全でおいしい卵を作ろうということで5年ほど前にお父さん方の協力の下、現在の鶏舎を建てていただきました。そして、天気の良い日はニワトリ達を外に出して、子どもと一緒に園庭を駆け回り、草や虫を食べながら産まれてきた健康な卵を子ども達が順番に10個ずつお家に持ち帰り、お母さんやおばあちゃんの手料理で食べるということを続けてきました。
日々のお世話はその時期に動物達と関る必要のある子が自主的にやってきました。家庭の中でのつらい出来事や幼稚園での仲間とのトラブルなどで傷ついた心ややり場のない気持ちが動物たちと接する中で少しずつ癒されていきます。そしてお世話の仕事ができるようになることで、自分に対する自信が芽生えてきます。そんな子がやがて自然と動物達から遠ざかり仲間の中に帰っていく姿を今までいくつも見てきました。
しかし、2年程前から鳥インフルエンザの影響で動物小屋に子ども達を近づけることができなくなってしまいました。最上家畜保健衛生所の方々にも来ていただき指導を受けながら進めてきたのですが、やはり子どもを鶏舎に入れたり、ニワトリを外に出したりというのはできなくなりました。ですからここ2年間は教師だけで動物のお世話をしてきました。
「果たしてこれで良いのだろうか?」子ども達が関わることのできない動物達。
鳥インフルエンザは衰えるどころか、今後ますます猛威を振るう恐れもあります。いろいろと考えた結果、ニワトリは置かないことに決めました。そして、動物達のお世話をまた子ども達と一緒に始めることにしました。
ヤギのマイちゃん、メイちゃんの小屋は、ピザ釜を守る小屋として現在も利用されています。今までたくさんの動物達と出会い、別れてきました。その一つひとつが
「かけがえのない思い出」として子ども達の心に残っていくことを願っています。